金家鐔の写し物が求められている
観月図鐔 五十嵐鉄睦
鉄睦は金家の末葉と名乗る金工。本作はまさに金家の再現だ。もちろん子細に観察すれば、造り込み、厚さ、象嵌の手法、図の採り方、などなど異なるが、どう見ても金家を思い浮かべてしまう出来だ。修行僧であろうか、座して月を眺める図。金家にもありそうな題だ。金家の作品には達磨と理解されている図がいくつかあり、また修行僧と思われる図もある。達磨図を比較してみると、いずれも顔付きが異なっている。金家には同時代の風景や事物を題に取り入れた作が間々あることから、達磨図とされている作は、あるいは同時代の実在の僧を捉えたものである可能性も捨てきれないと述べたことがある。このような写し物について同様の理解を求めることは無意味だが、この鐔を求めた武人があるわけで、その意識を想像するとすれば・・・江戸時代も現代もさほど金家についての理解は進んでいないようにも感じられる。

