山水図鐔 染谷知信
山水図鐔 染谷知信
江戸後期の山水図に個性を見出したのが染谷知信だ。この場合の個性とは、岩肌の様子や木々の描写において、独特の鏨を打ち込むことによって点描のような表情を与えていること。写真をみてもその手法が良くわかる。この鐔は近景に視線が集まるよう多彩な要素を採り入れ、遠くは雲か霞に溶け込んでいるように広がりを持たせているのみで、日月などは描いていない。せいぜい背後の山ぐらいだ。木々には色金を巧みに配して秋の色に染まる様子を彫り描き、我が国の四季のありようを表現している。知信の目論見は、多様な鏨使いからなるこの近景に鑑賞者の視点を集めることに違いない。


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李白図大小鐔 菊川南甫
李白の詩を再現した山水図。この時代、山水図といったらすべて写し物になる。ここでは李白を描いている。即ち本格的な古典だ。
菊川南甫は絵師菊川英山と近しい関係にあったことから、絵画を直接学んでいると思われているが、英山は美人画で有名であり、その辺りは良く判らない。だがこの作品をみても判る通り、巧みな構成力によって詩情世界を再現している、技量の高い作家だ。李白の図は古くから我が国でも描かれており、定型化した図という見方もある。南甫は江戸後期の金工であり、江戸の時代を経て表現手法も彫金技術も進化がある。瀧の左の背後へと消えていく様子などには空間の広がりを想像させるものがある。瀧が生み出した水しぶきの立ち上る様子はこの工の創造であろうか。
このような図が多いのは、やはり憧れがあるのだろうと思う。




山水図鐔
古金工
二点いずれも風景を図柄に採り入れた作で、山水図とは言えないが、製作の意識下に自然の一場面を切り取って絵画表現を試みていることは判る。文様表現に近い。
古金工とは室町時代の作。金家以前に絵画風の鐔は少ない。そんなことから絵画風の作品を創始したのは金家だといわれる。鐔に山水を採り入れることは、絵画表現の多様性が進んでいた背景からごく当前の成り行きであろうと考える。たまたま金家がその嚆矢であったのだろうか。
山水図とは山と水辺の風景の採り合わせで、そこに人の存在も欠かせない。観念上その景色を見ている人物が描かれている。即ち、この絵画を見ている自身がその画中の人物でもあるのだ。
ところが金家の彫り描いた山水は、表の主題を装う風景といった意味合いが強くなっているようだ。中国に発生し、我が国でも隆盛した古式山水とは自ずと違っている。鐔に描かれている山水の中に金家自身、あるいは鐔注文者の姿はないのだ。以前に、金家の作品の面白さは、製作された時代の風景や事物、あるいは人物までもが描かれた、同時代の記録であると記したことがある。この点も古式山水と異なるところだ。




金家 飛脚図鐔
飛脚図鐔 山城國伏見住金家
金家の正真作である。金家写しの鐔を金家本作と比較観察すると、彫刻そのものの技術も、構図の採り方も進化していると思う。もちろん進歩しなければおかしなことで、金工の努力が足りないと言わざるを得ない。金家の大きな見所は、きわめて薄い地鉄への共鉄象嵌だ。だが、後の金工にとって、共鉄象嵌も、極めて薄い仕立ても魅力ではなかったようだ。図柄の構成と描写に重きを置いている。とある鐔の数奇者がこの鐔をご覧になって「寂しい」とおっしゃった。その寂しさがいいのだとも。大きくとった空間。何も描かれていない(描かれていないわけではない)空間の存在が重要だという。鐔における山水図の発達は金家から、というのも頷けよう。


金家鐔の写し物が求められている
観月図鐔 五十嵐鉄睦
鉄睦は金家の末葉と名乗る金工。本作はまさに金家の再現だ。もちろん子細に観察すれば、造り込み、厚さ、象嵌の手法、図の採り方、などなど異なるが、どう見ても金家を思い浮かべてしまう出来だ。修行僧であろうか、座して月を眺める図。金家にもありそうな題だ。金家の作品には達磨と理解されている図がいくつかあり、また修行僧と思われる図もある。達磨図を比較してみると、いずれも顔付きが異なっている。金家には同時代の風景や事物を題に取り入れた作が間々あることから、達磨図とされている作は、あるいは同時代の実在の僧を捉えたものである可能性も捨てきれないと述べたことがある。このような写し物について同様の理解を求めることは無意味だが、この鐔を求めた武人があるわけで、その意識を想像するとすれば・・・江戸時代も現代もさほど金家についての理解は進んでいないようにも感じられる。


金家写し鐔 佐賀金家 乗道
帰樵図鐔 佐嘉住乗道
この鐔は、造り込みは金家風ではないものの、題や描法は金家そのもの。「佐賀金家」の呼称があるのはこのような作品が遺されているからであろう。
さて、金家の作風を求めているのは誰なんだろうか、気になるところ。「後代金家」などと呼ばれる、銘までもそっくりに写した鐔を見かけることがあるも、それらは偽作と捉えられる。江戸のコレクターが金家を欲しがったにもかかわらず金家の作品は多く存在しないことから、需要に応じて新たに製作されたわけで、それもそっくりに。その点、金工自らが望んで偽物を製作したとは思えない。金家風鐔の需要があったなかで、本作のような写しながら個性を示している作品の存在は興味深い。金工自らも金家を尊敬し、この作風を自らのものにしようと研究した結果がここに存在しているからだ。先に紹介した重義の金家写しも含め。金家風の作品の分析は、すでに突き詰められた観のある金家そのものよりも面白いかもしれない。



